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2008/01/12

2008年 宮古島100kmウルトラ遠足

今年で3回目の挑戦。
今回はサブ11、できることならサブ10完走を目標に設定。

スタート前、主催の海宝さんから注意事項が。
警察から「ランナーは歩道を走るように、そして信号も守るように」と強い要請があり、「守れないランナーが多い場合はレースを途中で中止させる」とのことだった。
実際、コース上を何度もパトカーがランナーを監視(?)していた。

5:00、まだ真っ暗な中、東急リゾートをスタート!
北海道から参加の弾丸娘”ちづちゃん”と20km付近まで併走。
ちづちゃんはトライアスリートであり、宮古島100kmマラソンも2日連続で完走してしまう凄いランナーさん。

前半からキロ5~6分ペースで飛ばし、もしかしたらサブ10行けるかも?と、この時は思った。
ところが・・・。

池間島を折り返し、40km地点を過ぎた頃から太ももに違和感が。
筋肉の鈍い痛みを感じ、残り60kmを走りきれるか不安になってきた。

スタートした時は曇りだったが、朝日が昇ると気温もグングン上昇。
昨日の最高気温が23℃。
今日はそれ以上に暑くなりそうな予感。

48kmの中間地点のエイドでは、ついつい長居してしまった。(20分以上)
絞りたてのさとうきびジュース、だんご汁、おにぎりをご馳走になる。

一旦腰を下ろしてしまうと、なかなか動き出せない。
このまま昼寝したら気持ちいいだろうなぁ・・・。

時計を見て焦った。5時間20分経過。
ここまでなんとかサブ10ペースで走れていたが、このエイドで今までの貯金(タイム)を使い果たしてしまった。
サブ10はもう無理。サブ11で完走できるかどうか。

重い腰を上げ再び走り始めたが、両足の筋肉はパンパンに張り、思うように動かない。
長い休憩は命取りになるということは、もう経験済みなのに・・・バカな自分。

55km過ぎ、とうとう歩き出してしまう。
昨年の快走がウソのようだ。(昨年は最後まで気持ち良く走れた)

それからは、歩いては少し走ってまた歩くという地獄の苦しみを味わった。
次のエイドまでが、とても長く感じた。
内臓も相当やられているようで、気持ち悪くて食べ物は受け付けられなくなっていた。

途中で何度も応援してくれた広島のSさん、そしてアスリートクラブの斉藤店長さんとスタッフの皆さん、そしてムコネットランナーのさかきさん。
この辛い状況の中、心のオアシスとなってくれた。
感謝でいっぱいだ。

90km過ぎ、ようやく来間島の橋までやってきた。
すると向こうから、弾丸娘ちづちゃんが笑顔で走ってきた。
さすが、素晴らしい走りっぷりだった。
そして橋の上では、ムコネット仲間のシゲキングさんとすれ違う。
100kmウルトラ初挑戦とは思えないほど快走中だ。

自分はトボトボと亀の歩み。今はこれが精一杯。
仕方がない。止まっていてはゴールは近づかない。
ようやく橋を渡りきると、一台の1BOXが止まっていた。
なんと、「石嶺とうふ」のご主人と奥様だった。

ご主人に「もうゴールしてたと思ったよ」と言われ、思わず苦笑。
確かに、昨年はとっくにゴールしていたから。
忙しいのに自分のために応援に駆けつけてただき、本当にうれしかった。

来間島の最後のエイドでは、名物の温かい飲み物をいただいた。
ラスト5km。日没までにゴールしたい。

やっとの思いで来間大橋を往復し、あとはひたすらゴールに向かうのみ。
今日一日照らしてくれた太陽がもうすぐ沈む。
そして、ゴールの東急リゾートに入り、ゴールしたと同時に日没となった。

12時間53分、完走。
久々に長く厳しく辛いレースだった。
反省点は数え切れない。
それでもこうして無事ゴールできた。
今回もたくさんの人達に助けられて、ここまでこれたと強く感じた。
感謝以外のなにものでもない。
本当に皆さん、ありがとう!

■今日のメニュー
『2008年 宮古島100kmウルトラ遠足』完走
記録:12時間53分8秒

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